2017年05月11日

自分が死んだとき悲しむ友人は何人いるか

一年前親父が死んだとき
親父の小学校の、同級生が
複数来て泣いてくれた。

悼辞を読んだショウゴさん(仮)が
最後に声を詰まらせていたのを聞いて
こちらがグッときた。

正直悲しかったのは
倒れて助からないかもと
思った夜行バスの行きが、ピークで
苦しまずに死んだ親父に
我々家族は気持ちの整理が
葬式の段階でついていたからだ。

しかし、ある時
唐突に死んだと聞かされた
友達諸氏の皆々様は
特に親友だった人達には
大きな喪失だったんだろう。

逆に大きな喪失と、思わせた
親父がすごいと思った。

親父は、旅行会社に勤めている
息子(私の弟)を使い
生前から小学校の同級会の幹事をした。

そうした気遣い、心配りが
外ではできる人だった。

※親父は、元自衛隊幹部で
家では隊長だ、指揮官だと
何もしなかった。

一周忌が過ぎ初夏を
思わせる今日この頃
何故か唐突に、それを思い出した。

オレが死んでも
悲しむ友人は今のところ
いないな。

それはそれで、悲しいなと。

豊かさとは真逆なアンニュイな日記でした。












posted by NORI at 16:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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